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ささやかな夢

誰もがもし親になったら、その子供と一緒にやってみたいことというのは考えたことがあるだろう。男の子ならキャッチボールとか女の子なら一緒にケーキ作りなどと。私の息子たちは二人とも野球をしている。仕事がテニスコーチなので当然テニスをやってほしいとは思っていたが鮮やかに裏切られた。ただその裏切りも予想はできた。私自身も音楽一家みたいな家に生まれたのに楽器は何一つ奏でることができないからだ。そんな私のささやかな夢は、息子と一緒に寄席に行くことだった。

今日そんなささやかな夢の一つを叶えた。寄席ではないが立派なホールの落語会を長男と一緒に行った。しかも個人的には念願の柳家小三治の噺を生で聴くことができて感激であった。落語というのは私が言うまでもないが奥の深い芸である。落語の特殊性を一言でいうならパソコンのクラウドコンピューティングのようなものであろうか。芸そのものを直接観たり聴いたりで笑うのではなく聴き手それぞれの頭の中で空想させ、その世界の中で物語が進むんでいく。『慌てん坊の熊さんが憚りに落っこちた』というくすぶりで笑いが起こるのも、実際に講座にトイレがあってそこに熊さんが落ちるということを演じるのではない。あくまで聴き手の空想の中で熊さんがトイレに落っこちるのである。また、客層に応じて使う言葉は現代風にしてはいるがトイレを憚りと言ったり、昔の商店が旦那、番頭、手代、小僧というような序列があった風習など、それなりの予備知識がないと空想ができないということもあるのだ。

私の父親は中卒であった。それに合わせて学校の勉強に全くの興味を持てなかった。だから、私は高校に行かないという進路希望を親に相談無く出したことがあった。そんな私に父は黙って通信制の高校に通い始めており、それは私への無言のメッセージだった。そんな器量にはほど遠いが、まだ小学3年の息子を落語会に連れて行ったのは私なりの無言のメッセージだった。テストのための暗記は無意味でも、知識はないよりあった方がいい。お父さんが落語を楽しめるのは、それなりの知識と経験、そして純粋な感情があるからなんだ。

 

雨の日曜日

長男の少年野球公式戦が増え始めた。昨日も大会の開会式から試合会場へと車の送迎だ。試合は敗れたものの、長男自身はヒットも盗塁も決め、ピッチングでも三者連続三振も含め2失点と3年生として十分な活躍であった。今日も立て続けに公式戦が予定されていたのだが雨のため、早朝早々と中止が決まった。そこで久しぶりにテレビで将棋のNHK杯を観ながら、夢とうつつの間をぼんやりと過ごした。

私の仕事はテニスコーチである。テニスやテニススクールのことについては好奇心の塊のような人間であり仕事は楽しい。しかしテニスコーチという本来持つべき目的のみに邁進できるのであれば幸せであるが、現実はそう甘くはない。とくに今年の夏はそういったストレスが重なり、周りには隠し続けているがいろんな問題が現れた。そんな私のささやかなストレス解消方法が将棋観戦なのである。なぜ将棋観戦がストレス解消になるのかも自分なりに解明できているつもりだ。私にとって将棋観戦は現実からの逃避行であり、それが童貞的妄想でもあり、現実には無理だということも知っている。

最近のテレビワイドショーでは、豊洲移転問題のニュースばかりやっている。コメンテーターや評論家の皆様は、もっともらしいことを、もっともらしい言い方で、もっともらしい風貌で、もっともらしい肩書きをテロップに出し、しゃべってられる。ただしみな目的が違うということに気づかれているのだろうか。中国という国の最高指導者は、中国という国のことは三番目に考えておられる。一番大切なことは中国という国の繁栄や存続ではなく中国共産党の繁栄と存続なのである。二番目が習近平自身であり、その後の三番目にやっと自国が来る。中国の最高指導者は中国共産党の最高指導者である。日本という国もそこまで愚かではないにしても似たような愚かさは持ち合わせてられるようだ。当たり前のことだが日本総理大臣は自由民主党の党首である。東京都の知事は自由民主党東京都連のトップである必要はないが、都議会最大議席を持っている自由民主党議員の皆様を無視することはできない。

将棋の駒にも価値の高低はある。歩より香 香より桂 桂より銀 銀より金 金より角 角より飛といったように。ただ、これらは一般的な価値基準でしかなく、状況によっては持ち駒が角より香の方がいい場面があったりする面白いゲームなのだ。ただ、その奥深さとは反対に目的はいたってシンプルである。それは自分の王将が詰まされる前に、相手の王将を詰ませたら勝ちなのだ。今日の対局も新進気鋭の豊島七段の鋭い端攻めに対して、ベテランの久保九段がそれを見事に防いだ素晴らしい戦いであった。勝因は久保九段の銀のただ捨てであった。自分の銀が逃げれる状況にあったにも関わらず、わざと歩に取られる場所に移動して取られてしまった。しかし、この銀を取った歩が、豊島七段にとって後に睨みを利かせる予定の角道を防ぎ端攻めの手順を大きく狂わせた。

それぞれに権力者の皆様やネクタイを締めたお偉い方々というのは自分の王将よりも大切に守らなければいけない駒があり、そのうえ相手の王将よりも他に欲しい駒があるようで大変なようだ。ただ、表向きは相手の王将を詰ますと言っておかないといけないようで、何とも廻りくどいお言葉を往々にしてお使いになられるのはそういった実は深そうで、実はあさはかな理由があるようだ。雨の日曜日

正しい問い

我が家では、食べ物の取り合いがこじれると子供たち同士の小さな戦争が勃発します。とりあえず父親として、その戦争が大きくなりそうなときは止めるのですが、この戦争に関しては論理的に『なぜ駄目なことなのか』が説明できないため黙って戦争を抑圧するのです。

戦国時代は、力が弱まった足利幕府の次を狙って、各地の武将が天下統一を目指して戦ったと学校で習いました。でも、全然違ってました。天下統一を目指して戦っていたのは織田信長だけで、それ以外は、みな地元が飢饉になったので、隣の領土を攻めて収穫物を奪うためでした。それが目的なので百姓も兵隊として協力し、勝てばその報酬は略奪だったのです。それを織田信長は厳しく禁じています。ですから『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』なんて教えてるのではなく、なぜ織田信長だけが人間が本来持つ欲を抑え、天下統一という事業に対する理念のみに集中することができたのかを具体的な戦略や施策とともに教えるべきなのです。

アメリカの南北戦争も南部側が奴隷制度廃止に抵抗したから、黒人奴隷に対して悪いことをしていたとは言えません。一方で北部側は人権を尊重するような善良な人間が多かったわけでもありません。むしろ、その逆で南部の方が農作物で生計を立てている人が多かったために黒人奴隷は必要不可欠な存在だっただけなのです。黒人奴隷が働いてくれなければ生活ができないので、黒人奴隷の扱いは南部の人たちの方が良かったそうです。では、なぜ北部側が奴隷制度撤廃と唱えたのかというと機械が発達したから、人の奴隷が必要なくなっていたのです。

日本の戦国時代も、アメリカの南北戦争も、狭く深く掘り下げていくと「そんなことで」というような誰もが気づきそうで気づいてないことが問題の本質で、当時それを純粋に洞察できた人が少なかったという事実に驚きます。

織田信長武田信玄はどちらが多くの人を殺したのか?

ワシントン州テキサス州は、どちらの方が善良な市民か?

やはり、答えより問いが適切かどうかを疑うべきです。解決しない問題というのは決まって、答えではなく問いが間違えています。だから解決しないのです。

昔書いた記事

昔書いた記事

 

普段はテニスのことをよく考えています。テニスを指導するのが仕事ですからテニスに関することから、スクールのマネジメントのことまでです。家に帰れば嫁や子供たちと話をします。ニュースを見ればその事柄について考えたりします。音楽が好きだから鑑賞したり、趣味のことについて考えたりしています。
ただ、こんなどうでもいいようなことを考えていられることが幸せなんだと感じることがあります。
この国にいると、明日の食べ物の心配をしなくてもいいですし、どこからか空爆される心配もありません。これがあたりまえであることに感謝して、一年に一度くらいは世界平和について考える日を持ってもいいのではないでしょうか。
今日は何の日
「今日は何の日」と言われるとジョン・レノンの命日です。

彼については説明の必要がないほど有名人です。1980年の12月8日に自宅で殺されました。彼はビートルズの脱退後は肩書をアーティストではなく、平和活動家だと言っていました。戦争をすれば経済が潤うので、アメリカ共和党の大統領は何か大義名分を見つけては戦争をしていました。戦争をせずに平和的解決を目指した民主党の大統領は不可解な暗殺をされた人が少なくありません。そうやってアメリカは戦争で経済を発展させてきたのです。そんな中でジョン・レノンの活動は非常にやっかいなものでした。国の政策を否定し、人種差別はなくなっていないと発言し、キリストを含めた宗教をも否定するような発言をしています。これが単なる変人の発言であればどうでもいいのでしょうが、ジョン・レノンという世界的な評価と尊敬を集めるアーティストだったために厄介なものでした。そのため幾度も国外退去命令が出されたり、ローマ法王からも批判されるような存在でした。
命を狙われるような活動をしており、現実に危険な脅迫を度々受けていましたがジョンはそれに屈しませんでした。
人間は愚かな生き物です。人間社会で正論を述べ続けると消されるのです。
誰もが世界平和という理念があっても、目の前の利益を選択するのが人間なのです。そして、そんなジョンの活動は生前は狂っている子供のような考えだとされていましたが、本当の偉大さは亡くなってから気づくのです。

誤りの日
先に紹介した12月8日がジョン・レノンの命日なのは有名です。テレビやFMラジオではジョンの曲がよく流されています。ただ、日本人であれば忘れてはいけない誤りを犯した日であることはあまり知られていません。
今日は真珠湾攻撃の日でもあるのです。
厳密にはアメリカ時間の12月7日ですが、日本時間では12月8日です。あまり知られていませんが、今年はいつもより多く報道されるはずです。理由は真珠湾攻撃から70年目だからです。
この真珠湾攻撃の最高司令官はこの人です。

山本五十六という連合艦隊司令長官で太平洋戦争後期まで総指揮をとっていた人です。
太平洋戦争というアメリカと戦争を始めた人というのは存在しません。誰が始めたのかがよくわからない戦争なのです。敗戦したときはそれなりの役職の人間が処罰されましたが、実質誰が始めたのかが定かではないのです。
日本にとってこれほどの歴史的に大きな戦争も、人間のことなかれ主義、目の前の利益を優先させる習性が、徐々に戦争へと進んでいったのです。
現場の最高責任者であった山本は、ときの総理大臣や国の決定権をもった重要な人物からアメリカと戦争したらどうなるのかという質問に答えているのです。その内容は要約すると「最初の半年くらいは奇襲攻撃で苦しませることはできるが、そこまでだろう」というようなものです。アメリカには勝てないことを誰もが知っていながら、戦争をしないと利権が絡む国の政治的内紛が収まらないので、はじまっちゃったのです。
この戦争は「はじめた」のではなく「はじまっちゃった」のです。
この戦争でどれだけ多くの犠牲者がでたのかは、歴史的に誰もが知っていることです。しかし、その原因は考えられないほど軽い選択だったのです。省庁間の見栄の張り合い(外務省と陸軍)や自分の部下の役職ポストの確約、自分の出世、次はもっと良くなるという幻想からの嘘などです。
長らく世の中が平和で、何でも成長している時代にいると、それが当たり前で現状を見直そうとしなくなります。成長が未来永劫続くわけがありません。しかし、永遠に続くという幻想を持ち嘘をつき始めます。現状を見直さない風土が広がるとこの嘘が見抜けなくなります。つまり「何を言ったか」ではなく「誰がいったか」や「どの組織が言ったか」にしか耳を傾けなくなるのです。そしてそれが嘘だと気付き始めても誰も何も言えない状況に進んでいくのです。

普通のこと
私は今日を自分の中で「世界平和を考える日」としています。私一人が世界平和について考えたところで何も変わりません。だからといって考えないという選択をしたくありません。私は12月8日からクリスマスまでは平和期間にしています。嫌いな人たちとも話をする機会を持ったり、今まで怒っていたことも一時的に許してあげたりという期間にしています。また、年末でやらなければいけないことが仕事でもたくさんあるのですが、できるだけ早く切り上げて、元気のない先輩から同僚、後輩に会いにいって話をしたりします。普段はズバズバと気付いた点を指摘しますが、たまには似合わない満面の笑みで話かけるように心がけています。そうすることによって、他人の良さに気付けるのではなく、自分の「ことなかれ」「利益を優先させる行動」に気付くことができるのです。
会社組織なんかにいると、ほとんどの会話にある内容の根っこは建前と見栄と嘘ばかりです。そして、それを聞く方も建前と見栄と嘘であることを知っていながら、建前と見栄と嘘でわかったようなふりをしたり、わからないようなふりをするのです。それはある意味では「大人の会話」であり、これが話しできないと社会人ではないようです。しかし、そんな「大人の会話」が大きな誤りに気付けなくなる要素を含んでいるのです。
「世界平和を考える」ということは、大人の考えではなく、固定観念や常識にとらわれずに考えるということなのです。そしてその固定観念や常識にとらわれない考えをしてみると、実は普通だと思っていたことが普通ではないことに気付けるのです。
身近にいる人も敬愛する人も
老いた人も若い人も
弱い人も強い人も
金持ちも貧しき人も
黒い人も白い人も
黄色い人も赤い人も
やめようよ あらゆる争いを 
こんな普通のことが人間はできません。
そして、こんな普通のこと言っている人間を変人で異常者にしてしまうのが社会です。
そんな社会を形成しているのは、自分を含めた全ての人間ですから。

偏差値

今日、残念な訃報をニュースで見ました。

桑田昭三さんがお亡くなりになられました。この方の功績は『偏差値の生みの親』と呼ばれるように中学で理科の先生をされていた時に、受験校の選択ミスで多くの子供達を不合格にさせてしまったという苦い経験から『偏差値』というものを生み出されました。

私もこの『偏差値』という数字を、今でも仕事で使っています。パソコンのエクセルには偏差値の計算式を入れた自前のシートを持っており重宝しています。

私はこの『偏差値』という数字が大好きです。それはこの数字が自分の居場所を教えてくれるからです。ただし、正規分布というデータの集まりが山形でなければ使えない数値であり、山形が二つあったり、どちらか一方に極端に偏るベキ分布のような形では使えない数字ではあります。また、これは私特有の使い方なのかもしれませんが、相関関係にある異なる数値をそれぞれに偏差値化し、その偏差値と偏差値の差を出すことによって、本来いなければいけない場所を導き出すものでもあります。

ただ、亡くなられた桑田先生も『よみがえれ偏差値』なんていうタイトルの本を出すように、偏差値という数字が子供たちを追い込む悪の数字として、公立の学校では使われなくなりました。当然ながら悪いのは偏差値ではなく使う側にあります。しかし、偏差値という数字だけを悪者にして、子供たちの心を考えるみたいな綺麗ごとで評価するようになってしまったようです。数字ではなく人が評価するという考えは間違えではありませんが、人という生き物自体が基本的に偏っています。何かに囚われています。固定観念を持っています。中には少数ですが本当に素直に汚れなく物事を見れる人というのもいるのは事実ですが、そういう人は基本的に社会には受け入れられていません。異常者、変人、サイコパスというような呼ばれ方で差別されているので、評価をするような立場や地位に就いていることは皆無です。

最近は、囲碁でもロボットが人間に勝つようになり、人工知能が人間を超えて危険な時代が来るなんてテレビでやっているのを見ましたが、まったく間抜けな心配です。もっと心配した方がいいのは考えが偏り、見栄や虚像、常識に囚われ、捨てきれない固定観念を持った阿呆な人間が、膨大なデータを手に入れることが容易くなっていることです。偏差値という素晴らしい数字を、悪にしてしまった学校教育者たちのように、それ以外にもある多くの素晴らしいデータの使い方を阿呆が間違えて使ってしまうことの怖さです。

織田信長豊臣秀吉徳川家康、この3人の戦国武将は何かと比較対象になるのですが、この3人で一番悪者は誰なのでしょう。3人とも天下を取るために多くの人を騙しました。多くの人を殺しました。多くのものを破壊しました。そうやって悪事を数だけで見ればどうしたって悪い順に信長、秀吉、家康となります。私からすればそんなもの五十歩百歩です。それよりは「天下を取って何をしたかったのか」という問いが大切なのです。

要するに、膨大で貴重で素晴らしいデータも数字も誰が使うかによって変わるのです。そして、データや数字を使って解こうとしている問題は何のために使うのかという目的によって変わってしまうのです。

 

知性は、方法や道具に対しては、

鋭い鑑識眼を持っていますが、

目的や価値については盲目です。

アインシュタイン

 

学ぶということ

司馬遼太郎さんの歴史観は鋭い。

私も小さな頃から自分なりの歴史観というものを持っており、個人的には童門冬二さんも好きだが司馬先生だけは、他の歴史学者や作家とはレベルが数段違うように思う。(個人的に徳川家康坂本龍馬については違うと思っているが)

 

この本の中で新井白石吉田松陰を取り上げた『学問のすすめ』という章がある。そこに私なりに考えていたことを一言でまとめられた言葉が出てきた。

学問とは態度である

『学問とは』となっているが、これは学問という言葉以外にも置き換えれることが多い。つまり『学ぶ』ということに関して全て当てはまると思うのだ。

この章の最後の数行を引用する。

この両人に共通しているのは知的好奇心の強烈さと、観察力の的確さと、思考力の柔軟さであり、その結果として文章表現がじつに明晰であったということである。さらにいえることは、両人とも学問をうけ入れて自分のなかで育てるということについての良質な態度を、天性なのかどうか、みごとにもっていた。学校教育という場は、学問にとって必要でないというのは暴論だが、しかし彼らがもっていたこの態度をもたずに学校教育の場にまぎれこんでもそれは無意味であり、逆に、学校教育から離れた場所に身をおいていても、この態度さえあれば学問は十分にできるという例証になりうるのではないか。

歴史観に鋭い超一流の作家が、ここまでまとめられると他に付け足すことがない。まさにその通りであるのだが、この文の中に引っかかりがあった。

両人とも学問をうけ入れて自分のなかで育てるということについての良質な態度を、天性なのかどうか、みごとにもっていた。

これは天性なのだろうか。

私は、ここにある確信的にな考えを持っている。それはアインシュタインの言葉にもヒントがある。

正規の教育を受けて

好奇心を失わない子供がいたら、

それは奇跡だ。

つまり、人はみな、白石にも松陰にも共通して持ち合わせていた知的好奇心の強烈さと、観察力の的確さと、思考力の柔軟さを生まれたときには持っているのではなかろうか。それを学校をはじめとする教える側の大人が奪っていくのではないだろうか。逆に、それを与えてくれる大人もいる。私にも、現在の仕事で『師匠』と呼べる方がいた。私は師匠から様々なことを教わったが、仕事で必要な技術や知識の答えを丸暗記したわけではない。今から考えると師匠がこの仕事に対して知的好奇心の強烈さと、観察力の的確さと、思考力の柔軟さを私に与えてくれたのだと思うのだ。

私も学びに来ている人に教える仕事をしているので、仕事柄落ち込むことも多い。その多くが技術系の問題であったが、これに合わせて人に知的好奇心の強烈さと、観察力の的確さと、思考力の柔軟さを与えることができたのか。むしろ、それを奪いはしていないかという問いが重くのしかかる。逆に、これを奪わず、与えることができることこそ、学びにきた人が上達することではないかと考えている。

そして、私は二人の息子の父親でもある。彼らが学ぶということを受け入れて自分の中で育てるという良質な態度を持てる人間になれるかどうかは、彼らの本来もつ知的好奇心の強烈さと、観察力の的確さと、思考力の柔軟さを奪ってはならないことと、彼らが興味をもったことに対して、それを与えることができるかにかかっている。

学ぶ場所というのは学校だけではない。だから先生だけでなく全ての大人が、人が本来もつ資質を奪うことなく、どうすれば与えることができるのかを考えることこそが『学ぶ』ということに対しての適切なアプローチであると、私は三十代半ばにして気づいたのである。

WOOD先生の歴史授業

「起立」

「礼」

「着席」

今からwood先生の、おもしろい歴史の授業をはじめます。

wood先生:歴史にも人気ってのがある。戦国時代や源平の合戦、幕末なんかがそうであり、そこに出てくる登場人物が大河ドラマの主人公になんかなりやすい。

生徒A:そういえば、大河ドラマってそうなってるね。ただ、その中でも視聴率がとれるのと、そうでないのがあるよね。

wood先生:よく気付いたね。それを演じる役者さんなんかの予算は決まってるから、何を演じるかで視聴率が変わるよね。とくに最近では『平清盛』の低視聴率が話題になったんだ。平清盛源頼朝と比較されたんならいいけど、ヒーローの源義経と比較されると悪いイメージになってしまう。

生徒B:平清盛って、どんな悪いことをしたの。

wood先生:歴史の登場人物なんて、みんな悪いことをしてきた人ばかりだよ。ただ、そこに世論に嫌われやすい悪みたいなものがあるんだ。例えば、女性や子供まで殺しちゃう人とか、浮気者とかお金に汚い人とか、贅沢ばかりの人ってのは世論の印象が悪いんだ。

生徒C:先生が使った「世論」っていう言葉って、政治でよく聞く言葉だよね。

wood先生:いいところに気付いたね。たかが世論、されど世論であり、歴史なんて世論と権力者が作ってきた物語みたいなもので、あんまり全てが事実だとは考えない方がいいんだ。

生徒D:えっ、歴史って事実じゃないの。

wood先生:全部とは言わないけど事実じゃないね。しかも、その大半が事実じゃないと言っても過言ではないね。だって、隣の中国では20年くらい前に『天安門事件』って大きな事件があったけど、現在の共産党政権が変わらない限り、絶対に教科書に載ることはない。それは、中国の最大権力が集中する共産党ってところにとって都合が悪いからね。つまり、歴史に事実を書いちゃうと、共産党の印象が良くなくなるからさ。世論からの印象が。

生徒D:なるほど…。じゃあ、日本史とか世界史とかの授業って意味ないじゃん。

wood先生:そうだね。昔あった事実が、何年に誰が起こした戦いでとか覚えるだけならね。

生徒D:そうじゃないの?

wood先生:捉え方は、人それぞれでいいんだと思う。年号や人物名を暗記しておけば、テストの点は良くなるし、受験にも役立つから。でも、それだけに歴史を学ぶのなら、ちょっともったいないかな。

生徒A:先生は歴史って何だと思ってるの?

wood先生:先生は歴史を「人間がいかに愚かであるか」を認識させてくれるもんだと思ってる。もっと砕いて言うと「人間は、みんなバカ」ってこと。

生徒B:先生もバカなの?

wood先生:もちろん。

生徒C:バカって、どういうこと

wood先生:変えられないってことかな。よく「歴史は繰り返す」って言われるけど、先生は「人間は繰り返す」だと思ってる。ここでいう「繰り返す」ってのは良くも悪くも両方を指すんだけど、歴史では悪い方の繰り返しが時代を動かしてきたんだ。人は一回目なら注意をされて、二回目なら叱られたり、罰をくらわされたりで、三回目にはバカとなる。どんな歴史上の偉大な人物もみんな繰り返しの歴史なんだ。

生徒B:ん〜バカなのは俺だけだと思ってた。

wood先生:みんなバカだよ。だから冗談じゃなく断言できることがあるんだ。歴史のテスト勉強や宿題なんてやらなくていいから、今から言うことだけは、これからの人生で頭の片隅においといてほしい。

(先生も生徒も少し真顔になって、少しの間ができる)

wood先生:日本は必ず、もう一度戦争をする。

生徒全員:えっ。

wood先生:残念ながら…それが歴史を学ぶ意味なんだ。

生徒D:俺は違うと思います。何で先生は断言するのですか。

wood先生:わかった。ただし、D君の答えには一言で答えることができない。そこで、私の江戸時代中期のの授業を聴いてくれないだろうか。

生徒全員:はい。(みんな、うなずく。)

 

wood先生:よし。さっき「繰り返す」という言葉が出てきたが、現在の日本の状況と酷似している時代が江戸時代にあったんだ。江戸時代は大きく3つの改革と2つの文化で分類して考えると理解がしやすいんだ。まず、3つの改革についてわかる子はいるかな。

生徒E:はい。享保の改革寛政の改革天保の改革です。

wood先生:その通り。ただ残念ながら3つとも改革という名がついているが「改革」ではないんだ。これは先生個人の考えや持論ではない。この「改革」と呼ばれるものとともに幕府の借金は膨らみ、この改革に合わせて大飢饉も発生している。その他にも様々なデータを見てくれれば一目瞭然だし、これが「改革」で成功であったなら、江戸幕府は潰れることはなかったのだ。

生徒C:じゃあ、なんで改革?

wood先生:その前に悪い流れがあったり、悪い奴が悪政を働いたからなんだ。ただし、ここでも注意が必要なんだ。歴史上、良い意味で使われる「改革」が改革じゃないんだから、悪政も、そのまま悪政だと簡単に捉えてしまうといけないんだ。

生徒B:田沼意次のこと?

wood先生:そういうこと。子供向けの『日本の歴史』なんか見ても田沼意次の顔は見るからに腹黒で意地悪そうな顔をしている。一方の三大改革を行った徳川吉宗松平定信水野忠邦は善良なイメージでハンサムに描かれている。たぶん、歴史の教科書にも田沼意次が行った施作よりも、賄賂などでお金儲けしたことや、その金で息子の身分まで買収しようとしたことが強く書かれているんだが、実際は違うところが多いんだ。田沼が金持ちになったのは賄賂など汚いお金ではない。今でいう政治献金や株主配当金であり、きちっとしたルールに則ったお金が自分に流れ込んでいただけなのだ。ただ、それまでの米経済から貨幣経済の変換期であり、新しいことに移行するときには、それだけルールにも抜け穴が多く、それを逆手にとった贈収賄事件が多発したことは事実だけどね。

生徒B:だったら、何で後世まで評判が悪く、失脚させらちゃったの。

wood先生:嫉妬だよ。

生徒B:えっ 嫉妬?

wood先生:嫉妬なんて江戸時代特有のもんじゃないよね。今でもそうだよ。最近の総理大臣で本当の一般市民からなった人なんていないよね。ほとんどの人が父親も総理大臣とか大臣経験者なんだ。日本人に限った話じゃないけど、多くの人間は血筋みたいなものを尊重する傾向にある。アイデアを出したり実行する人くらいならいいけど、権力者になる人は、それなりの血筋でないとなれないのは、今も昔も変わっていないことなんだ。大企業だって、社長は幕府の将軍のように、血筋だけで選んではいないように見えるけど、必ず筆頭株主に名を連ねていたり、取締役に創業家一族の誰かが名前を入れているよ。その企業が世襲制だと世論に思われると困るから赤ら様なことはしていないけど、血筋を尊重する風習は必ず残っているんだ。

生徒B:じゃあ、いい血筋じゃない人は嫉妬されるの。

wood先生:いい血筋じゃない人が、そのまま一般市民なら嫉妬されはしないけど、そういう人が一段上のステージで活躍したらね。血筋がない人が一段上のステージで活躍するってことは、それなりの実力と実績があるからなんだけど、小さなミスが命取りになることが多いんだ。化けの皮がはがれたかのように、そういう人がまた一番上のステージから転落するのを見るのは、世論が大好きなんだ。現在のワイドショーなんて、そういった世論の心で成り立っている。

生徒D:田沼も嫉妬で失脚?

wood先生:早い話がね。田沼を全面信頼してた将軍家治が重い病気になったところで、周りの連中がタッグになって田沼落としをはじめたんだ。そこで、新しい老中に任命されたのが8代将軍吉宗の孫にあたる松平定信って人なんだ。吉宗の血を引いてるし、農民のことも真面目に考えてくれる人だったので、その期待感から、けっこう厳しい倹約令をいくつか発布したけど、1年くらいはその期待から経済も衰退せずに進んでいったのだ。

生徒C:わかった。定信が今の安部総理に似てるって言いたいんでしょう。じいちゃんも岸とかいう総理大臣じゃなかったっけ。

wood先生:その通り。ただ、先生が伝えたいのは、そこじゃない。これから政界に進出したい人なら松平定信から安政の大獄井伊直弼までの老中の移り変わりについて勉強すべきなんだけど、我々は一般市民だからね。そこで、そういった時代の一般市民がどういった生活をしていたかに注目してみよう。

生徒A:一般市民って農民?

wood先生:いい質問だね。江戸時代は士農工商という身分制度があり、今のように職業選択の自由はなかったよね。ただ、みんなのお父さんのほとんどが会社勤めか、自営業でお金を稼いでいるように、ここでいう一般市民は商人が似ていると思うんだ。人口の割合でいえば農民が圧倒的に多かったんだけど、江戸や大坂という町は商人が多く、江戸時代の中期には米経済から貨幣経済に大きく移行していた時代でもあったんだ。

生徒C:米経済?貨幣経済

wood先生:明治維新っていうけど、江戸時代と明治時代の最大の違いは、最大の価値基準が「米」から「お金」に変わったことでもあるんだ。そういった意味で明治時代からは、間違いなく「お金」を中心とした貨幣経済なのだが、江戸時代は完全な米経済かと言われると疑問符がつくんだ。

江戸時代が米経済であったのは、「加賀百万石」などと米の石高が国の大きさを表す指標になっていたし、今でいう税金は「お金」ではなく年貢の「米」だったのは間違いない。ただし、播州赤穂藩などは、その石高が5万石しかないけど、塩の名産地であり「米」ではなく「お金」がたくさんあって、道は舗装され、下水道も整備され、小さな藩とは思えないような城下町を作っていたそうだ。

江戸時代前期には、この石高で、ものごとが決まったり、大名同士の結婚などにも左右され一つのステイタスでもあったけど、享保の改革以降は、そんな石高のステイタスよりも、実質的な「お金」の価値の方があったみたいなんだ。

さっき出てきた田沼意次って人は、この流れに気付いており、幕府としてお米をたくさん持ってたり、お米の流れを牛耳っていることよりも、お金を貯え、お金の流れを牛耳ったほうがいいと考えた人なんだ。つまり米経済から貨幣経済にシフトチェンジしようとしたんだけど、昔ながらの保守派に潰されたんだ。だから、江戸の三大改革とは、この米経済から貨幣経済に移るのを避けようとした政策でもあるんだ。それで根本思想は倹約であり、お金での贅沢を戒め、真面目に農業に勤しめというのがあったんだ。

江戸時代の中期以降は、実質的に米経済から貨幣経済に移っていたんだけど、それを幕府重鎮が嫌ったんだ。しかし、多くの市民が米よりもお金に価値があることくらい気付いていて、どんなに厳しい倹約令が出ようとも、お金の価値がどんどんと上がっていったんだ。幕府の重鎮としては田沼意次だけが、市民感覚を知っていたんだけど、それ以外の老中はみな「裸の王様」だったんだ。

だから、市民はみな倹約令が出るたびに「アホなお上」だと心の中でバカにしていたんだ。

生徒A:それは、よくわかる。俺も「アホな校長」って思ってるし(笑)

wood先生:それは先生も同じとは言えないな(笑)

じゃあ、学校の授業が全部聴いても意味なかったり、アホな先生が意味ないことばっかり教えたらどうなると思う。

生徒D:自分たちで勉強するんじゃない。

wood先生:同感!

先生もそう思う。テレビやニュースで、これからの教育について、偉い人たちが真面目に考えているけど、それって意味ないんだよね。別にそんな偉い人に考えてもらわなくたって、自分たちで考えるんだよ。

江戸時代も同じだったんだ。

それまで、ある程度の身分の高い人間だけが受けることができ、幕府の要人になることだけが目的の朱子学を中心とした授業から、商人なら商人の学校といったように「私塾」といわれる独立した学校が増え始めたんだ。有名な吉田松陰が作った松下村塾もその一つなんだ。

 

生徒E:俺、吉田松陰が好きなんだ。

wood先生:そうだよな。そこから出てきた長州藩士や坂本龍馬みたいな人が大好きな人が多いのはわかるんだが、みんな坂本龍馬みたいにアクティブに動けるか?久坂玄瑞みたいなリーダーシップがあるか?西郷隆盛みたいに人から信頼されてるか?

幕末から明治維新にかけて活躍した歴史上の人物ってのは、かっこいいけど、みんなすごい人すぎてあまり参考にならないんだ。能力や実力だけでなく運みたいなものもあったしね。それに数年後に明治維新のような変わり目が来るわけでもないしね。

生徒E:確かにね…。

wood先生:そこで、テストにも受験にも絶対に出ないけど、おもしろい人がいるから紹介したいんだ。

生徒C:誰?

wood先生:小右衛門

生徒C:小右衛門?誰それ?

wood先生:ある大阪の米問屋の番頭さんなんだけど、その小右衛門が仕事しながら学んだことをまとめた一冊の書物があるんだ。その本を書いたペンネームが「子蘭」っていうんだ。

生徒B:子蘭… それ 知らん(笑)

wood先生:いやいや、本当にそう意味もあるんだ。なぜなら、その本には真実が書かれているからね。真実が書いてあるということは、お上に批判的なことが書かれていることになる。すると、自分の子孫に迷惑がかかっては困るので、お上に「誰が書いた」と聞かれても誰が書いたかわからないようにするために、一度は「子蘭」というお上をバカにしたシャレのきいたペンネームで書き残そうとした事実があるんだ。 結局は違うペンネームを使ったんだけど、幕府が借金だらけで、地方では大飢饉に見舞われ、街では厳しい倹約令が敷かれるという中で、小右衛門だけでなく、人々は結構楽しく暮らしていたんだ。そういった時代に育まれた文化を「化政文化」といい、派手で絢爛豪華な「元禄文化」とは違い、一見すると地味だが、庶民的で実は奥が深い文化が発達した時期でもあるんだ。

生徒C:先生が好きな落語とかもでしょ。

wood先生:そうだね。町のあちこちで講釈が催されていたしね。

先生は思うんだ。

今は少子高齢化で経済の成長が望めない。安部さんは第三の矢とか言ってるけど、絶対にありえない。みんな成長戦略なんてありえないことは知ってるんだけど、安部さんみたいな偉い人になると「裸の王様」だから言ってくれる人がいないんでしょう。お金を中心とした経済だけを何とかしようと思っている政治家の皆さんは、どこかの時代の、◯◯の改革とかに似てますよね。実質的に米経済は破綻してたんだけど、それにしがみついた人たちに。

でも、悲観しちゃいけない。

お上はバカでも、文化は育っている。お金にはならないけど、とても面白いことが増えていると思うんだ。そんな時代だからこそ小右衛門という男を知ってほしんだ。

生徒E:小右衛門って誰だよ?

wood先生:山片蟠桃 っていう男さ。

 

つづく